伊丹市と「歴史人」のコラボでフリーペーパーが完成

歴史カテゴリーで売り上げNo.1の月刊誌「歴史人」から派生した「伊丹人」が完成しました。伊丹市(兵庫県)が「歴史資源をまちづくりに活かしたい」と課題を持っていたところ、出版社の提案でコラボレーションが実現。伊丹人がきっかけで、市民からも新たなアイデアが生まれています。歴史資源を使って、どのように地域を盛り上げていくのか?伊丹市の取り組みを追います。

目次
 * 歴史系フリーペーパー「伊丹人」に市民の反応は?
 * 全12ページ 薄いけれど、濃い伊丹人
 * 歴史カテゴリーNo.1雑誌が編集
 * “そともの” 目線が生んだ切り口
 * 歴史資源はどの地域にもある 魅力的なストーリーも存在する

歴史系フリーペーパー「伊丹人」に市民の反応は?

「伊丹人」を受け取った三鼓さん

「おぉ!すごーい!」

兵庫県・伊丹市で古書店を営む三鼓由希子さん(55)は冊子を受け取り、声を弾ませた。手に持っているのは「伊丹人」。ことし10月に発刊された伊丹の歴史に関する ”フリーペーパー” だ。表紙には「唯一無二の文化息づく伊丹」などのコピーが並ぶ。

「デザインも凝ってるし、内容がしっかりしてるね。よくある学術的なものより、読み物っぽくて分かりやすい。こういうのが欲しかった!」

配布に訪れた伊丹市職員も、「実は魅力的な歴史があるのに知られていない。市民のみなさんにも知ってもらって、まちづくりに繋げていきたい」と応じ、閲覧用として3部を三鼓さんに託した。

1000部限定で制作された伊丹人は、三鼓さんのような市と連携したまちづくり活動に参加する市民に配布されているほか、図書館などの公共施設にも置かれ、電子データもホームページ上にも公開されている。

伊丹市HPでも、伊丹人の電子データ(PDFファイル)が公開されている

全12ページ 薄いけれど、濃い伊丹人

伊丹人はA4サイズの12ページでフルカラー。3部のテーマで構成され、巻末には市内の文化財マップが添えられている。手に取ってみると薄いが、市の教育委員会事務局 生涯学習部部長の綾野昌幸さん(60)は「伊丹の歴史の魅力が詰まっている」と自信を見せる。

大きく取り上げられているのは「俳諧と酒がつないだサロン文化」だ。
関西の ” 酒飲み ” にとって、酒どころとしての伊丹は馴染み深いが、俳諧やサロン文化とは・・・?

俳諧は、俳句の源流にあたる。
座を囲む人々が句を詠みつなぐ「俳諧」というスタイルから、”五・七・五” で知られる発句の部分が独立して楽しまれるようになり、明治以降に「俳句」として定着した。

伊丹人によると、伊丹俳諧の歴史は江戸に遡る。
当時、京都を舞台に活躍していた俳諧の巨匠が、伊丹の清酒のあまりの美味さに、わざわざ活動拠点を伊丹に移したとされる。それに伴い、多くの俳人が伊丹へと集まるようになったのだという。
美味い酒が俳人を呼び、俳諧がまた酒飲みを呼ぶ・・・この相乗効果で ”サロン” がかたちづくられ、伊丹の文化は発展してきたというわけだ。

歴史カテゴリー No.1 月刊誌が編集

ABCアークが発行する「歴史人」シリーズ

制作を手掛けたのは、月刊誌「歴史人」の編集部。
発行元のABCアーク(朝日放送グループ、東京港区)によると、歴史人は2010年の創刊で、発行部数はおよそ7万部と、歴史カテゴリーの雑誌としてはナンバーワンだ。

伊丹人は歴史人からのいわば ”スピンオフ” シリーズで、歴史資源の掘り起こしからテーマの選定に至るまで「編集部や専門家が総動員」し、デザインやレイアウトも本家を踏襲している。

「まちづくりに繋げる下地として、歴史資源を整理したい」と、伊丹市からABCアークへの課題提示があり、今回のコラボレーションに繋がった。掲載内容については、市と編集部とが会議を重ねた。

“そともの” 目線が生んだ切り口

実は、伊丹人で取り上げられている清酒や俳諧といったテーマ自体に目新しさはない。
市としても既に注目し、清酒発祥の地にちなんだ飲み歩きイベントを開催してきたほか、毎月19日を「一句(いっく、19)の日」と定め、市民から俳句を公募するなどしている。

ただ、市職員の綾野さんは「ふたつのテーマは相性が悪い」と考えていた。酒は賑やかな”動”のイメージ。それに対し、俳諧はアカデミックで上品な”静”のイメージ。相反するものを結びつけることへの違和感を持っていた。

歴史人編集部の考えは真逆だった。

「いまや酒は全国どこにでもあり、俳句は松尾芭蕉の知名度が圧倒的だが、伊丹にゆかりはない。単体のテーマでは全国の ”ライバル” に埋もれてしまう。両方が交差している点にこそ、伊丹らしさ、歴史的魅力がある」

清酒と俳諧を独立して取り上げるのではなく、「俳諧と酒がつないだサロン文化」という一連のストーリーに仕立ててこそ、それぞれの魅力が引き立つというものだった。

取材に応じる綾野さん

綾野さんは完成した伊丹人を手に取り、「一歩引いて外から見てもらったことで、新たな伊丹の魅力が見つかった」と振り返る。今では、サロン文化にこそ伊丹らしさがあると感じている。

「伊丹の人たちは、真面目なテーマで集まっても、いい意味でのユルさを忘れずに議論する。だから、アイデアがどんどん生まれてるんです。句を詠み合うように語り合うというんですかね。現在の ”伊丹気質” は、サロン文化から受け継がれてきてるんやと思います」

伊丹での酒造りの様子。
1799年に刊行された日本全国の名産品を紹介する「日本山海名産図会」より。
伊丹市立博物館提供
伊丹出身で松尾芭蕉に並ぶ俳人、上島鬼貫(うえしまおにつら)の肖像。
蕪村筆「俳仙群絵図」より。(公財)柿衞文庫提供

歴史資源はどの地域にもある 魅力的なストーリーも存在する

歴史人や伊丹人の発行元であるABCアークの野村歩さん(43)は、「完成させることができて、10年あまりで培ってきた編集部の力量や専門家のネットワークなど、自分たちの強みを再認識できました」と笑顔を見せる。また、この取り組みをさらに広げていきたいとも語った。

念頭にあるのは、通常の歴史人を制作する際の自治体職員との会話だ。『観光PRや地域活性化をしようにも、地元にはなにもない』『数ある歴史資源の中で、どれにフォーカスすればいいのかも分からない』と嘆く声が多いという。

これに対し、伊丹人を制作してみて、野村さんは2つのことを感じている。

「人の営みが積み重ねられている以上、歴史資源は、日本全国どの地域にも必ずある」
「自分たちのノウハウを活かすことで、より多くの人に刺さる歴史資源やストーリーを見つけることが出来る」

ということだ。

「これまで『なにもない』と悩んでいた地域とともに、魅力ある歴史資源を掘り起こせると考えています。今回は初めての取り組みでしたが、今後、地域を増やしていって、日本全体の魅力の底上げに貢献したいです」と意気込む。

伊丹人をきっかけに生まれた新たな魅力が、伊丹という地域をどのように盛り上げていくのか、今後に注目だ。

(つづく:「なぜ歴史資源なのか? 伊丹市の狙いとは」はコチラから