なぜ歴史資源なのか? 伊丹市の狙いとは

歴史カテゴリーで売り上げNo.1の月刊誌「歴史人」から派生した「伊丹人」が完成しました。伊丹市(兵庫県)が「歴史資源をまちづくりに活かしたい」と課題を持っていたところ、出版社の提案でコラボレーションが実現。新たな “素材” をもとに、市民からもアイデアが生まれています。歴史資源を使って、どのように地域を盛り上げていくのか?伊丹市の取り組みを追います。

前編の「伊丹市の取り組み(1)」の記事はコチラから

・目次
 * これまでの伊丹市の取り組み 〜まちづくりは止まったら負け〜
 * 「寝かしたままではもったいない」 気付いた歴史資源の価値
 * 掘り起こされた歴史をもとに “ソフト”の芽も

まちづくりは止まったら負け 〜これまでの伊丹市の取り組み〜

伊丹市(兵庫県)と歴史人とのコラボレーションで生まれた歴史系フリーペーパー「伊丹人」。
発端は、市職員の綾野昌幸さん(60)から歴史人編集部への課題提示だった。

取材を受ける伊丹市教育委員会事務局 生涯学習部の綾野昌幸部長(60)

綾野さんは「まちづくりは止まったら負け」をモットーに掲げる「まちづくり」の人だ。2005年に市のまちづくり部門に在籍して以来、地域を盛り上げるための「ソフト」を企画・開発してきた。

そのひとつは、2009年にスタートした「伊丹まちなかバル」。中心街全体を舞台とした飲み歩きイベントで、いまでは1日で市内外から1万人以上が訪れる。地域おこしを目指し、市民とともに数々企画した結果、初めて生まれたヒット企画だった。(※ コロナの影響で2020年、2021年は休止)

まちなかバルの様子。チケット販売やマップ配布などのための拠点。
店によっては行列ができることも。
「まちなかバル」会場での綾野さん(右下、2015年)

2011年からは教育委員会事務局も兼務し、図書館というフィールドにまちづくりを持ち込む。当時はまだ珍しい「市民の交流の場」を掲げ、運営会議を月1回のペースで開催。毎回20人以上の市民が参加し、その場で出たアイデアをベースに年間200以上のイベントを企画・運営した。2016年には、先進的な図書館に表彰されるLibrary of the Year大賞も受賞している。

図書館館長だった時の綾野さん(2018年)

15年を超える経験から、綾野さんが、まちづくりにおいて最も大事にしているのは「市民主体」の意識だ。市が2020年に策定した第6次総合計画にも掲げられている。

「役所だけが動いても力は出ません。市民が前のめりになってこその爆発力です。だから、ソフトの中身と同じくらい、市民と一緒に役所も汗をかくということを大事にしています。そのためにも、市民から出たアイデアにNOは言わない。YES MORE(=いいね!もっとちょうだい)の姿勢で臨んでいます」

「寝かしたままではもったいない」 気付いた歴史資源の価値

そんな綾野さんが近年、ソフト開発のために目をつけたのが、地元の歴史資源だった。

「歴史をテーマにしたイベントもいろいろ企画してきたんですが、当時は歴史自体にそれほど興味を持てなくて、表面を撫でただけでした。心のどこかで、『歴史は歴史好きのためのもの』と思ってました」

意識が変わり始めたのは数年ほど前から。仕事で博物館の運営や文化財の活用にも関わるようになったのがキッカケだ。

「自分の立場上、『歴史を何も知らない』はまずいので、勉強し始めたんです。そしたら、こんな面白い素材が伊丹にはまだ転がっているんかと、”本当の意味で”気付きました」

伊丹人でも取り上げられているが、日本遺産にも選ばれた「伊丹諸白(清酒)」の歴史、日本三大俳諧コレクションとされる「柿衞文庫」などは、まさにそれだ。綾野さんも存在自体は以前から知っていたが、その裏にあるストーリーを深く知るに連れ、その価値を再認識したという。

同時に、これまでの活用の仕方に疑問を持つようになった。

「敷居が高いというか、歴史をアカデミックの世界で大事にし過ぎていたのかもしれません。興味のない人にも楽しんでもらえるように加工したり、エンタメ要素を足したりすることで、ソフトに活かして、まちづくりに繋げていけるはずやと思ったんです。このまま寝かしておくのはもったいないな、と」

歴史資源をもっとまちづくりに活かせるはず・・・。
そんな想いを抱えていた時に、歴史人編集部と出会い、「まちづくりに向けた、歴史資源の再発掘」という課題を投げかけたのだった。

「柿衞文庫」の外観。日本三大俳諧コレクションのひとつとされている。
(公財)柿衞文庫提供
展示室には、俳諧コレクションや俳文学の研究資料が並ぶ。その数は1万点以上にのぼる。
(公財)柿衞文庫提供

掘り起こされた歴史をもとに “ソフト” の芽も

伊丹市と歴史人編集部との出会いから数ヶ月を経て、伊丹人は2021年10月に完成した。
これまでとは違った歴史資源の切り取り方や伝え方に手応えを感じつつ、綾野さんは「これはあくまでも準備段階」と、次を見据える。

「料理でいうと、今回のステップは素材の下処理が済んだところです。これをどうやって調理して『ソフト』にしていくか、その過程でいかに市民と一緒に汗をかけるかが次のステップです」

今後は、冊子配布のみならず、専門家を招いた市民向けの公開講座やワークショップなども検討している。まずは市民に ”素材” の良さを広く知ってもらい、素材を活かしたソフトのアイデアを募る考えだ。

既に、伊丹人を受け取った市民からは提案も出てきている。句を詠み合って優劣を競う「句相撲」をラップバトル風にアレンジしたイベント、歴史グッズガチャ、更には伊丹人Vol.2の発行などだ。綾野さんが言う『市民が前のめりになった際の爆発力』を垣間見た気がした。

「どのアイデアも面白い。市民のみなさんと一緒に、是非かたちにしていきたい」と綾野さん。
まちづくりは止まったら負け。伊丹市は、次なる一手に向けて動き続けている。

(つづく)